実録!少年マガジン名作漫画編集奮闘記

 元週刊少年マガジン編集長の著者が、手塚治虫から週刊少年誌の創刊、漫画雑誌絶頂期から衰退期に入るまでの長い長い道のりを編集者の立場から解説しています。

実録!少年マガジン名作漫画編集奮闘記実録!少年マガジン名作漫画編集奮闘記

 500ページ以上にも及ぶ週刊少年誌の裏側の記録でもあるので、簡単には要約できない。ただ手塚治虫を後天的天才としたり、梶原一騎がアンチ手塚として登場し、今に続く主流であるとしたりするところは興味をひく。優秀な漫画編集者はサラリーマンというより、定期的な収入がある漫画原作者なんだと理解できる。それを徹底したのがマガジン流で、結構、漫画編集では主流派なんだろう。


 ほんとうは「昔はよかった」とする美談でまとめれば良いところを、長いエピローグで今後の漫画の行方と何をするべきか?を語っている。思い出話であちこち飛ぶ文章なので気になったところを挙げてみる。

1.“少年の心”をつかむ。週刊少年誌の基本中の基本戦略を貫けという。どんなに少年犯罪が増えようとも、それは一部で大多数の“少年の心”は昔と同じで変わっていないとする。“少年の心”は大人になってもあり続けるので、そこは押さえねばならない。

2.専属契約制の廃止。これはすでに実施されているようです。出版社毎の檻の中でぬるい競争をしても漫画家が育たないし、編集者も緊張感がなくなる。

3.MANGAとしてグローバル化する。今は国内向けに描かれた作品の中で外国でも受けそうなものを出しているけど、最初からグローバル展開を視野にした作品を送り出す。アニメでは大友・押井といった名前で始めていることですが、なかなか苦労している様に思う。

4.ITの活用。これはデジタル化を含めインターネットでの展開のことでしょうが・・・云われ続けて10年近く経っている。今イメージとしてあるのはアニメでいう新海誠の登場ような衝撃なのかもしれない。出版とは関係ないところで、もしかするとアナログ漫画なんて描いたこともない人がいきなりネットで漫画の文法を真似たデジタル作品を発表する。それはもう日本語ですらないのかも知れない。

目次(実録!少年マガジン名作漫画編集奮闘記)
まえがき p.10
プロローグ 漫画、二〇世紀の奇跡 p.14

第1章:【漫画新世紀】を創った男
 漫画に非ず小説にも非ず p.20 /一人の男に敗れた絵物語作家群団 p.28 /【手塚治虫の時代】の実態を見る p.34

第2章:偉大なる実験!―少年週刊誌創刊
 焼け跡に漫画誌続々創刊 p.42 /少年週刊誌創刊の時代的情況 p.51 /「マガジン」が目指した方向 p.69 /「サンデー」の漫画内容 p.73 /【漫画力】は「月光仮面」から学んだ p.74 /【月刊誌型漫画】から【週刊誌型漫画】へギアチェンジ p.78 /反対を押し切り白土三平を起用 p.81 /漫画の進化を加速させた【原作付き】 p.85 /「スポーツマン金太郎」に挑戦 p.87 /【魔球】が少年たちの魂を揺さぶった p.93 /「ちかいの魔球」ブームに「サンデー」がぶつけてきたモノ p.97 /貸本問屋行脚が「新人漫画募集企画」を生んだ p.100 /【ラストシーン】はテーマである! p.105 /強力なギャグにストーリーで対抗 p.116

第3章:ある月刊少年誌の一生と【少年漫画】の出現
 「のらくろ」以前にストーリー漫画はあったか p.126 /北沢楽天とは何者? p.132 /岡本一平の【漫画漫文】は絵物語の元祖 p.135 /ストーリー漫画の原点は【楽天漫画】と見た! p.137 /『少年倶楽部』の創刊号には【漫画】の「ま」の字もない p.140 /大正時代、売れ行きの鍵は【挿し絵】が握っていた p.146 /『少年倶楽部』と「のらくろ」と【太平洋戦争】 p.154 /絶不調の雑誌に「月光仮面」の福音 p.164 /『少年倶楽部(クラブ)』の歴史が語るもの p.166

第4章:手塚治虫はこうして【漫画の神様】になった
 手塚治虫は天才だったか? p.176 /過剰精神が【後天的天才】を造った p.183 /【漫画の神様】の業績 p.197

第5章:日本列島に「巨人の星」「あしたのジョー」旋風
 三十有余年の時を超えて甦った漫画 p.206 /“事業は故障なり”の教訓に奮い立った p.207 /「巨人の星」の企画は、社長の一言から始まった p.215 /国民文学「宮本武蔵」の野球漫画版構想、浮上 p.219 /燻っていた梶原一騎の才能、花開く! p.223 /川崎のぼる青年は飛雄馬のような人だった p.228 /「巨人の星」のハプニングが中・短編路線を呼んだ p.232 /「巨人の星」の次は【漫画版純文学】だ! p.236 /一九七〇年代は【ニヒリズム】の時代 p.240 /【ジョー】命名の意図と難産のタイトル p.246 /ライバルの死はこの作品のテーマ p.249 /「愛と誠」が生んだシリーズ【愛の絆三部作】 p.252

第6章:梶原一騎原作の神髄ここにあり
 手塚漫画の衰退を早めた梶原リアリズム p.262 /読者が感動した隠し味の【人生訓】 p.270 /文学的素養はいつ、どこで培われたのか? p.280

第7章:『少年マガジン』長期低迷の真相
 「あしたのジョー」長期休載は神のお告げ p.284 /大学生層増加の“読み方”を誤る p.290 /遅れた【漫画専門誌】への移行 p.296 /怠った【新人漫画家対策】が後々まで響く p.299

第8章:漫画が【MANGA】になった日
 「AKIRA」に注がれた欧米の熱い眼差し p.310 /大友コミックは【スーパーリアリズムコミック】だ! p.315 /「AKIRA」の国際性はアニメでも発揮された p.318 /イタリア少女の心を虜にした「キャンディ・キャンディ」 p.322 /漫画の海外進出は東アジアから始まった p.325

第9章:熾烈!少年漫画メディア戦争
 新人のマグマは『ジャンプ』へ蠢き出していた p.332 /『ジャンプ』、漫画家専属制度を敷く p.336 /「巨人の星」「あしたのジョー」を徹底分析 p.340 /『ジャンプ』時代到来と『マガジン』の巻き返し p.345

第10章:漫画有害論再考
 戦後第一回の漫画排斥運動 p.366 /漫画=悪書が、作品批判に変わってきた p.374 /この有害論をケーススタディーとして考えてみる p.380 /漫画の表現、あるいは描写に関する一考察 p.389

第11章:総括!年表的【少年漫画】進化論 p.404-492

エピローグ 二一世紀、漫画の行方…… p.494
あとがき p.528
解説 戦後マンガの謎をとく鍵●夏目房之介 p.538
主な参考文献 p.542-543
おくづけ p.544

著者:宮原照夫 (ミヤハラ テルオ)
 長野県伊那市出身。1956(昭和31)年、株式会社講談社に入社。少年クラブ編集部所属となる。59年『週刊少年マガジン』創刊のため同編集部に異動。「ちかいの魔球」「紫電改のタカ」「黒い秘密兵器」「ハリスの旋風」「巨人の星」「あしたのジョー」などをプロデュースし、71年、少年マガジン編集長となる。73年に『テレビマガジン』、74年に『月刊少年マガジン』を創刊し、兼任編集長となる。少年マガジン編集長退任後、80年、『ヤングマガジン』を創刊し、同誌編集長に。その後、編集総務局長などを歴任し、92年、マルチメディア事業局長となり、「GOHST IN THE SHELL~攻殻機動隊~」などのアニメ製作に携わる。1999年、株式会社コミックス代表取締役社長に就任。取締役相談役を経て、2004年退社(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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