金髪のプリンセス

小説「クシャナ戦記」

第1章 金髪のプリンセス

 ところどころ光が射し込んでいるその部屋は、カーテンが閉まり薄暗かった。豪華な造りの部屋だが天井は低く、さほど広くはない。横に長い窓には、銀の刺繍が入ったドレスのようなカーテンが懸かっていた。カーテン越しにもれ入る強い日差しは部屋の奥、樫の木の書斎机の横に、金色に輝く人影を浮かび上がらせていた。

 金色の光は動かず、眉間にシワをよせた不機嫌な顔で書類を眺めていた。人影は読み終わるとサインをし、ロウで印を押し、いくつかある書類箱に分け、また別の書類をひっぱり出すという作業をしていた。

 金色に輝く髪、白磁の透ける肌、ラピス・ラズリの瞳、眉間にシワを寄せていなければ女神か?と思う美しさである。彼女は「クシャナ」、トルメキア王国の正当な後継者にして、この世界最後で唯一の大国の統治者の名になる。すでにドルク戦役から6年が経過していた。

 「殿下、お茶をお持ちしました」
 大きくはないが分厚い扉の向こうで、かしこまった子供の声がした。
 「はいれ」
 女神は口だけ動かし、書類を見つめたまま答える。

 扉の外には2人の近衛兵が立ち、小さな体に大きなお盆を抱えた子供が目配せすると扉が開けられた。重く分厚く鉄板が入っている扉が音も無くスーっと開くところが高級な造りをうかがわせる。
 毛足の長い絨毯を踏みしめ入ってきた子供は、部屋の半分を占める応接セットのテーブルに紅茶を広げはじめる。アールグレイのミルクティーに、切り分けられたアップルパイ、じきに部屋にはシナモンの香りが漂いはじめた。

 「殿下、カーテンを開けてもよろしいでしょうか?」
 「ああ」
 またも気のない返事。

 シシャーーーッ!勢いよくカーテンが開けられ、薄暗かった部屋はフラッシュが焚かれたように発光する。眉間のシワは目もとまで下り、うす目を開けるまでにゆっくり深呼吸をした。

 「いい香りだ」そう呟くとクシャナは机から飛び立つように立ち上がり、数歩の動作ですべり込むようにテーブル前のソファに寝ころがった。すかさずアップルパイを口にほうり込み、ミルクティーをすする。眉間のシワはすっかり消え、金髪の女神は満面の笑みで口をモゴモゴさせている。
 「殿下、それでは子供がおやつを食べているサマですよ」
 そう言い放った子供は殿下が寝ころがるソファの対面に座った。そして自分用のティーカップに口をつける。

 そう、この子供は従者ではない。飾りけの無い、白を基調とした丈の長い服を着ている。

 切り分けたアップルパイをひとりで平らげた金髪の子供は、もの足りないらしく、対面で上品にミルクティーをすする子供を見つめる。
 「シンラのアップルパイはいつもながらに美味いな・・・・・・うん?」
 とてもとても国家を統治する者の交渉術ではない。が、本人も解っているのでテレがある。
 「殿下、今日作った菓子はこれで仕舞いでございます」

 声には出さず「あっそ」と口を動かすと、そのまま金髪の後ろに手を組みソファーに寝ころがる。シンラは窓の外にひろがる雲海を眩しそうに眺める。
 「艦長の話だと、あと2時間ほどで王都トラスだそうです。なんとか日のあるうちに帰れますね」

 目をつぶったまま、口元をゆるめた金髪の子供は何か思いついたらしい。うす目をあけ、窓の外の蒼空と白く拡がる雲の平原を確認すると
 「すこし寝る」
 そのままソファの背もたれに顔を隠してしまった。

 シンラは西に傾いた太陽と青空と雲海をおしみつつカーテンをゆっくり閉める。ここは雲海の上をすべるように飛ぶコルベットの艦内、ドルク戦役以後に建造された純白の王家専用重コルベットの一室である。雲がなければ地上からは、蒼空に舞う白き大鷲にみえるらしく「白鷲」と親しまれている。

 そして王都トラスでは「白鷲」に金髪の皇女が好んで乗ることから「金冠白鷲」と、多くの尊崇と僅かな侮蔑をもって呼ばれている。